「博士の愛した数式 小川洋子著」の中で、
子どもが怪我し、病院で心配そうに待つ母親に、「落ち着くから直線を書いてごらん」といって紙に直線を書く場面がある。書いた線は直線ではなく、始めと終わりがある線つまり線分である。数学で言う直線というのは「太さを持たず、どこまでもまっすぐ無限に伸びて端点を持たない」。紙にも制限があるし、無限に続く紙が存在したとしても何処までも書いていく体力がない。また、どんなに鉛筆を尖らせて書いても太さが存在するので太さのない線なんて書けない。
従って、普段私達が書いている線は、本当の直線ではないのだ。本当の直線は欠けないから代用しているに過ぎない。本当の直線は目に見えないのだから。しかし、それを心で私達は感じて見ているのだ。
世の中は、見えている世界がすべてではない。見えない世界と見えている世界が共存しているのだ。
自分の身体も見えないことばかりじゃないか。思うこと、考えること、みんな見えない。
すべては心が決める。人生は心が決める。
ここに「オイラーの等式」と呼ばれる式がある。
eiπ + 1 = 0
e = 2.71828 18284 59045 23536 02874 71352 …
eは自然対数の底でネイピア数と呼ばれる。
π = 3.14159 26535 89793 23846 26433 83279 50288 …
πは円周率である。
iは虚数(imaginary number)の頭文字を使い−1の平方根。
「全く起源の異なる重要な定数eとπが出逢い、愛(i)を育み、調和し、数学での根源的な1と結びついて0(空)になる。」
どうして、無秩序に見える無限に続く無理数の二つが融合して、実に
シンプルな式として成立してしまう。これが果たして偶然と言えるのだろうか。
もちろん、人が生きていく上でほとんどの人がこの式を知らなくても幸せに暮らせるのだが。奇跡的な数学美である。この式に人の真理が表現されているようにも見える。
見えてる世界は見えない世界によって、支えられている。
見えない世界は、見える世界があって存在しうる。