2007年09月30日

露天風呂

久々に温泉に行った。

個人的に露天風呂が好きだ。なぜかというと自分は軽い閉所恐怖症(症状はありません)なので、露天風呂の屋根がないという開放感がたまらなく好きである。

肩までお湯につかっていると、自然界の一員として、生きることを許されていることに感謝せずにはいられなくなって、目を閉じて、心の中で「ありがとうございます」と言ってみる。(口に出すと周りの人から変な目で見られますから)

社会の雑踏という服を脱ぎ捨て、裸のままで、天からのエネルギーを受け入れつつ、お湯につかる。露天風呂はまるで天空への通信装置となる。

天はいいときも悪いときにも決して逃げはしない。
天は私たちが子どもの時から、いや何世代もずっと前から変わらず見守ってきたのだ。

世界が愛と思いやりに満ちた世界になりますように。
祈りながらお湯からあがる。
ニックネーム uzak at 15:30| Comment(0) |

2007年09月26日

月のように生きる

2007年9月14日、日本初の大型月探査機がH-IIAロケットによって打ち上げられた。この計画は「SELENE(セレーネ:SELenological and ENgineering Explorer)」と呼ばれ、アポロ計画以来最大規模の本格的な月の探査となる。

月は地球に最も近い宇宙の天体であるが、実は様々なことがわからないままである。
地球と同じ約45億年前にできたことはわかっているようだ。
月はいかにして誕生したのか、説はいくつかある。

1、地球の一部が分裂し、月になった。(親子説)
2、月と地球が同じ時期に同じ場所で原始塵雲が凝縮してできた。(兄弟説)
3、別の宇宙空間から飛来した遊星を地球の引力によって捕らえた。(他人説)
4、天体が地球の中心から外れた所に衝突し、粉砕された天体と地球の破片が凝縮した。(衝突説)

先日(2007年8月28日)も地球の影の中に月がすっぽりと入ってしまう皆既月食があったばかりで、月の神秘に魅せられた人も多いのではないでしょうか。

月は地球のまわりを1公転する間に、1自転する。自転も公転と同じ約28日の周期なので、地球からはいつも同じ面しか見ることができない。

月は公私をしっかりと守り、満ち欠けというドレスアップをしながら地球を回っている。
自らは、光を発することなくじっと黙っている。太陽の女神の光を浴びて、柔らかい光を地球に届ける。太陽光に比べ、柔らかい光は人の心を落ち着かせてくれる。
月は傲慢に主張することなく、謙虚に生きている。

月の謎は少しずつ解明されていくかもしれないが、生みの親より育ての親。一緒に仲良く地球と生きてきた。「生まれや過去のことはいいじゃないか。これからのことを考えよう。」月はあれこれ詮索されたくないと思っているかもしれない。
これからもずっと地球を裏切ることなく、一緒に過ごしていくことになるのだろう。

月のように生きる。これも人の生き方の一つであろう。
ニックネーム uzak at 10:28| Comment(0) | 人生

2007年09月13日

砂時計

ガラスでできた容器に入った砂が上から下に落ちていく。
砂時計である。
スピード化された現代において、サウナとパソコンのカーソルぐらいしか見ることはなくなったように思う。

くびれた中心部は細くなっていて一粒ずつしか落ちない。
無理に落とそうとすれば容器は割れてしまう。

物事を遂行するのに砂時計のようにしてみる。
じっくりと考えながら物事を進めていくのだ。
焦らなくても良い。一粒ずつ確実に進める。
無理に早く進めようとすると負荷がかかり、ミスをしてしまうかもしれない。
マイペースで進めればよい。
途中で止まってしまう砂時計はない。
砂時計は、いつも冷静に落ち着いて事を進めているではないか。
着実に実行する。

急いでやっていい加減になったり、子どもにいつも「早くしなさい」と言っていたり、部下に「まだできないのか」とどなったりしていないだろうか。
もちろん、速いに越したことはないが、冷静沈着に心を落ち着かせて実行してみることも必要である。

人生の砂時計は、どんな砂を入れているかによる。
実行に当たっては、少しずつ小さなことを続けていくことが重要だ。
鍵山秀三郎氏の良く話される「凡事徹底」ということだ。

砂時計のように生きる。
ニックネーム uzak at 11:18| Comment(0) | 人生