2007年12月23日

入力することと引き出すこと

教育を表す英語 「education」を辞書で調べると、語源は「子どもの資質を引き出すこと」とある。

教育とは教えること、教わることと考える人が多いと思うが、本質的な意味は少し違う。画一的な教育の副作用か。穴埋め問題、選択枝問題に代表されるテストが勉強だと思っている人もいるのではないだろうか。記述問題になるととたんに解答用紙は空欄になってしまう。問題の本質をとらえる理解力と解答を考えるだけの語彙力がなく思考力がない、そして表現力もない。勉強がクイズのようになってしまう。マルでなければバツ。選択肢1でなければ選択肢2。間違うことはかまわないのだが、なぜそうなるかの検討はない。
もっと極端になると問題文を読むことなく選択肢だけをにらんで答えを出す。そのような人を「恐怖の選択肢人間」と呼んでいる。日本の教育はこのような人を大量生産しているのか。様々なことを「入力すること」も必要だが、もっと重要なことは「引き出すこと」である。

様々な状況がこのような結果を招いている。現代はスピード社会。確かに様々な機械やコンピュータを使い、すぐに結果が出る社会は人の生活環境を劇的に便利にした。しかし、すぐに結果が求められる社会であり、すぐに結果が出せなければまるで人間失格とでも言う遊楽印を押されることになる。そう言う意味で大器晩成型は不利だ。誰もが待ってくれない。

指導者も考えさせられる。「魚釣り」に例えると魚をそのまま与えてしまっては今は良くても自立出来ない。本当に必要なことは、魚を与えることではなく、釣り方を教えることである。そしてさらには、みずから研究し、釣り名人にすることである。

教育とは、単純に答えを教えることではなく、思考方法や考え続ける忍耐力の必要性を教える。
究極の指導法は、「教えないこと」。大切なことは自分で気づかせて、自分で考えさせて、自分で進んでいかせること。
植物に例えると、良く伸びるようにと化学肥料をやる。確かに伸びるが非常に弱い。大切なことは、周りの環境を整え、見守ってあげること、そして声をかけ、励ますこと。
そうすれば、嵐が来ても倒れない立派なものに成長するであろう。
ニックネーム uzak at 13:20| Comment(0) | 教育

2007年12月16日

真の学力

競争は必要でしょうか?大人数の中で「何点とった」とか「何番だった」とか自分の成績を他の人と比べ、一喜一憂する。さて、そこにどれだけの意味があるのでしょうか?確かに他の人より点数や順位が良ければ優越感があります。しかし、定期試験で点を取るためだけの勉強や、高校へ入学するためだけの勉強は、公式に数字を当てはめるだけだったり、丸暗記をしているだけだったりとその場限りのみかけの学力であって、学習する上で大切な「「読解力」や「思考力」は一向に身につきません。
自分自身で読み、自分自身で考え、自分自身で解けることを第一に指導しています。「自分の力で考える」ということは「自分の力で生きていく」ということです。
この「自分の力で考える力」を身につけるということは並大抵のことでは出来ません。膨大な知識を覚え、多くの問題に挑戦し、さらにどんなに時間がかかってもあきらめない「忍耐力」を身につけなければなりません。それは他人との競争ではなく、自分自身との厳しい戦いなのです。この「生きる力」を個々に合わせて身につけてもらうには少人数でなければ指導できません。その厳しさを乗り越えたとき、点数や順位が後から結果としてついてきます。
この「生きる力」である「真の学力」を小学生から習得していかなければならないと考えています。「真の学力」を身につけた子どもは大きく成長していきます。
子どもの成長は学校のテストでは測れません。私たちは子どもたちの成長を指導を通してずっと見守ってきました。
私たちは今後も親と共にこれからの学力を考え、子どもの成長を見守っていきます。
ニックネーム uzak at 16:50| Comment(0) | 教育

2007年12月13日

ベトさんドクさん

「ベトちゃんドクちゃん」の名で親しまれた双子の兄弟の兄ベトさんが他界した。
2人はベトナム戦争中にまかれた枯れ葉剤の影響による結合双生児であった。
そのままでは危険だということで受けた分離手術から19年間、脳症の後遺症の影響でずっと話すことが出来ないまま病院で生きていた。
ドクさんは、無言で行き続けることで私たちにメッセージを送ってくれていたと思う。
戦争を決してしてはいけないということを伝えるため必死に生きていた。

弟のドクさんは自分を生かしてくれたベトさんの気持ちも背負って今後も平和を訴え続ける。ベトさんの身体はなくなったが、ベトさんの魂はドクさんの心の中で生き続ける。

私たちはこうした人の心を忘れないようにしなければならない。
決して忘れてはならない。

『 ベトちゃんドクちゃんからのてがみ 松谷 みよ子著』という絵本の中にこうある。
「せんそうは
 けっしてしないって
 やくそくして。
 かれはざいも 
 いや。
 かくへいきも 
 いや。
 ぼくたちからの 
 おねがい。
 口がきけない 
 ベトちゃんとぼくと 
 ふたりからのおねがい。」 

大人は子どもたちに平和な未来を受け継いでいかなければならない。
子どもたちの未来が平和で愛に満ちた世界になりますように。そう願う。
ニックネーム uzak at 10:52| Comment(0) |

2007年12月02日

ダイズ

ダイズの豆を蒔き、光の当たらないところで水をやり育てるともやしができる。
それに対し、日光がさんさんと照り、水を十分に与えると豆は発芽をし、自分と同じ豆を実らせる植物として育っていく。

同じ豆であっても環境の違いによって成長は大きく異なる。
人も同様で、家庭環境によって成長が変わってくる。家族が前向きな考え方をし、肯定的な言葉を子どもに発し、充分な愛情を注ぎ込んでいれば自立した立派な成人になる。しかし、否定的な言葉が多く、褒めることもなく、感情的に怒られることが多く、愛情よりも憎悪を感じるような言動がある環境では子どもが正常に育つはずがない。せっかくの能力を使わずして終わってしまう。
これは親子だけでなく、夫婦間や学校や職場、様々な場面でも同様のことがいえよう。

夢を実現する子に育てるには、家庭での環境を良くしていく必要がある。子どもそれぞれがいい能力を秘めているにもかかわらず、芽を摘むことになってしまう。決して、子どもを甘やかすと言うことではない。肥料のやり過ぎは根を腐らせる。厳しい家庭であっても、そこに言動の一貫性や信念があり、愛情があれば子どもはしっかりと育つ。間違いを犯すような子になるとはとうてい考えられない。

こういう子に育って欲しいと願う親としては、まず自分自身から変わっていかなければならないだろう。そうして、そばらしい環境を是非準備してあげてほしい。未来は子どもたちのものだから。(参考 堀井学さん講演会より)
ニックネーム uzak at 12:37| Comment(0) | 教育