2008年05月28日

柱時計

 先日、実家の倉庫を探索していろと、小3の時に描いた絵や習字などが出てきた。
こんなの書いたかなあと記憶は定かでないものが多いがちょっと懐かしい。
そんな中、古い柱時計を見つけた。
 今は、壊してしまった建物の玄関を入ると土間があった。土間というのは古い農家の建物にある土足で玄関から裏に抜けられる土のままの部屋のことだ。この土間が建物のほぼ中央を裏まで突き抜けている。ここで雨の日は作業をこの土間で行う。近所の人が来たときは茶の間にあがらなくてもまた農作業で足下が汚れていても気軽にそこで話をしてお茶が飲める多目的なコミュニケーションのツールといってもいいだろう。茶の間から食堂に行くにはサンダルを履いて土間を通らなければいけない。柱時計はこの土間の柱にかかっていたものだ。
 ほこりをぞうきんで拭くと真っ黒になった。その時計というのは今では珍しいかもしれないゼンマイ式機械時計で、祖父が毎日ゼンマイを巻いていた。カチカチと時計の音がし毎時ちょうどの時刻になるとボーンボーンと時刻の数だけ鳴る。小学生の時、夜眠れずにいるとカチカチという時計の音が普段は気にならないのに意識すればするほどカチカチという音は大きくなっていった。そして、ボーンボーンとなるのだからたまらない。布団を頭からかぶった。子どもの頃は非常に大きな存在であったこの柱時計も取り外されてほこりをかぶっているとちっぽけな存在に感じた。形は丸を二つ上下に重ねたひょうたんの形ですべてが木製である。当時は何も感じなかったが今になってみるとプラスチックで作られるのが普通の現代においてオール木製というレトロな作りにノスタルジーを感じないわけにはいかなかった。ドライバーでビスを外し文字盤をあけてみると時計の中心部の金属製歯車が見える。そこに油を差し、ゼンマイを巻いてみると見事に動くではないか。そしてアルファベットでセイコーシャと書いてある。この時計がセイコー製ということに驚く。この時計がいつ家にやってきたのかを母に聞くと、私からみてひいおじいちゃんに当たる人が買ってきたものらしい。ということは100年近く前に作られたことになる。
現在では、同じものはもうほとんど存在しないだろう。先ほどちっぽけな存在と思ったことを心の中で撤回した。
 この柱時計はタイムマシーンのように時空を超越して、自分の心を動かした。この時計を粗末に扱うのは自分の人生やこの家の歴史を粗末に扱うように思い、きれいにし動くように調整した。父と母の人生はもう先は長くない。この柱時計も人生の一部といっても良いだろう。私と母の思いは一致したし、新しい家の柱に時計を掛けることになった。息を吹き返した柱時計は今もこの家で、世代を超えて時を刻み続ける。人生を刻み続けるように。
ニックネーム uzak at 11:05| Comment(0) |