2008年05月28日

柱時計

 先日、実家の倉庫を探索していろと、小3の時に描いた絵や習字などが出てきた。
こんなの書いたかなあと記憶は定かでないものが多いがちょっと懐かしい。
そんな中、古い柱時計を見つけた。
 今は、壊してしまった建物の玄関を入ると土間があった。土間というのは古い農家の建物にある土足で玄関から裏に抜けられる土のままの部屋のことだ。この土間が建物のほぼ中央を裏まで突き抜けている。ここで雨の日は作業をこの土間で行う。近所の人が来たときは茶の間にあがらなくてもまた農作業で足下が汚れていても気軽にそこで話をしてお茶が飲める多目的なコミュニケーションのツールといってもいいだろう。茶の間から食堂に行くにはサンダルを履いて土間を通らなければいけない。柱時計はこの土間の柱にかかっていたものだ。
 ほこりをぞうきんで拭くと真っ黒になった。その時計というのは今では珍しいかもしれないゼンマイ式機械時計で、祖父が毎日ゼンマイを巻いていた。カチカチと時計の音がし毎時ちょうどの時刻になるとボーンボーンと時刻の数だけ鳴る。小学生の時、夜眠れずにいるとカチカチという時計の音が普段は気にならないのに意識すればするほどカチカチという音は大きくなっていった。そして、ボーンボーンとなるのだからたまらない。布団を頭からかぶった。子どもの頃は非常に大きな存在であったこの柱時計も取り外されてほこりをかぶっているとちっぽけな存在に感じた。形は丸を二つ上下に重ねたひょうたんの形ですべてが木製である。当時は何も感じなかったが今になってみるとプラスチックで作られるのが普通の現代においてオール木製というレトロな作りにノスタルジーを感じないわけにはいかなかった。ドライバーでビスを外し文字盤をあけてみると時計の中心部の金属製歯車が見える。そこに油を差し、ゼンマイを巻いてみると見事に動くではないか。そしてアルファベットでセイコーシャと書いてある。この時計がセイコー製ということに驚く。この時計がいつ家にやってきたのかを母に聞くと、私からみてひいおじいちゃんに当たる人が買ってきたものらしい。ということは100年近く前に作られたことになる。
現在では、同じものはもうほとんど存在しないだろう。先ほどちっぽけな存在と思ったことを心の中で撤回した。
 この柱時計はタイムマシーンのように時空を超越して、自分の心を動かした。この時計を粗末に扱うのは自分の人生やこの家の歴史を粗末に扱うように思い、きれいにし動くように調整した。父と母の人生はもう先は長くない。この柱時計も人生の一部といっても良いだろう。私と母の思いは一致したし、新しい家の柱に時計を掛けることになった。息を吹き返した柱時計は今もこの家で、世代を超えて時を刻み続ける。人生を刻み続けるように。
ニックネーム uzak at 11:05| Comment(0) |

2007年08月06日

それでも汽車は・・・その後

運転手と乗務員を選ぶ日が来た。結果は半数を越える人がミーシュくんを選んだ。ただし、ミーシュくんが良くて選んだわけでなく、ジミーくんには任せておけないからという人が大半だった。

ジミーくんは上弱の審判が下されたにもかかわらず、運転手を続けるという。運転手自らが交代すると言わない限り替わることはない。

この汽車はどこへ行くのか。乗客の不安や憤りを乗せたまま汽車は走り続ける。

まだトンネルの出口は先らしい。
ニックネーム uzak at 19:39| Comment(0) |

2007年06月01日

道に志す

「道に志す」とは論語にある言葉だ。まずは、志を立てよ。その志は、人としての道を修めることを目標として励むことだ。という意味の内容である。

志を持つことが大切である。自分の夢なり、やりたいことを見つけそれを実現するために努力する。その努力は必ず、他の人の役に立ち、他の人を幸せにすることになる。

「女(なんじ)は画(かぎ)れり(論語)」ともある。やってもみないで自分に見切りをつけている。それではだめだ。孔子が弟子の冉求(ぜんきゅう)をはげましたと言われる。まずは、今の自分にできるかできないかは別として、志を立てる。それから、綿密に目標と計画を立てればよい。誰もが成功できる資格を持っている。成功できないのは、あきらめたときである。

さらに、「芸に遊ぶ」と続く。人生は緊張の連続だけでは耐えられない。それならば人それぞれのよい趣味をもって心に余裕を持つことだ。

高い志を持って、日々努力し、そして時には、息抜きも必要だ。息抜きができることで気分転換ができ、また努力に集中できる。

毎日、道に志すという気持ちを胸に抱き努力したいものだ。
ニックネーム uzak at 10:31| Comment(0) |

2007年04月09日

思い立ったが吉日

何かをしようと思ったり、良いことを思いついたらすぐ行動しよう。
準備が整っていないから、なんていっていたらいつ始めることになるかわかりやしない。
もちろん、問題もあるかもしれない。それは走りながら解決すればいい。
まず第一歩を踏み出すことが重要なんだ。
思い立ったが吉日。
とにかく、スタートしよう。行動しよう。

始めるのはいつ?
そう、いますぐ始めよう。
ニックネーム uzak at 09:45| Comment(0) |

2007年04月09日

最初が肝心

何事、最初が肝心と言われる。勉強に仕事、習い事などすべてにおいていえる。最初に教わったことというのはよく覚えているものである。だから、指導者にとっては最初に何を教えるかが重要になってくる。明快かつ本質的なことを教えるべきであろう。
最初に覚えた事にしたがって後の行動をすることになるからだ。

最初に間違いをしてしまうとずっと間違ったままの方向でいってしまう。
このようなことを「ボタンを掛け違える」という。ここで問題なのがボタンを間違ったままでも服は着ることが出来るということ。間違ったことに気づかずにそのまま進んでしまうところに問題がある。後になって他の人に指摘されたり、自分で気づいて恥ずかしくなったりするものだ。

目標設定をすることも重要である。
最初に決めたことをやり抜く。
初志貫徹。何が何でも達成するんだという気持ちが大切だ。
そして、この最初に決めた目標や志を忘れないこと、常に意識した行動をすることが重要だ。
ニックネーム uzak at 09:36| Comment(0) |

2007年02月06日

終末時計

核戦争による地球滅亡の日までの残り時間を示す「終末時計」が2007年1月17日、これまでの「残り7分」から2分進み、「残り5分」になった。と時計を管理する米科学雑誌が発表した。北朝鮮の核実験やイランの核開発、地球規模の気候変動の進展によって、世界は重大な脅威をはらんだ「第2次核時代」に入ったと判断。(朝日新聞2007.01.19)

地球温暖化の科学的根拠を審議する「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」によると、地球温暖化による影響は、平均気温が1906〜2005年に0.7度上昇。海面水位は20世紀に17センチ上昇。
21世紀末の予測は平均気温が1.8〜4.0度上昇。海面水位は18〜59センチ上昇。(朝日新聞2007.02.3)

次々と報告される地球規模の問題。
本当に一人ひとりが何をしなければならないのか?
考えなければならない時期に来ている。
そして周りの人にも周りの国にも伝えていかなければならない。

人は一人では生きていけない。
その母なる大地、地球を守らなければならない。
地球の未来を守るため。
子ども達の未来を守るため。
まだ、残り5分ある。
一人ひとりの心がけが大きく影響する。
みんなで協力すれば残り時間を延ばすことができるはずだ。
ニックネーム uzak at 00:30| Comment(0) |

2007年01月24日

プロの条件

仕事や勉強スポーツなど様々な分野において、プロとアマの違いは何だろう。
第一はプロは「自分で高い目標を立てられる人」だということ。
自分なりにほどほどでいいこの程度でいいだろうと、目標を低く設定しようとするのがアマである。プロは自分で高い目標を立て、その目標に責任を持って挑戦していこうとする意欲を持っている。

第二は、「約束を守る」ということだ。
約束を守るというのは、成果を出すということである。自分に与えられた報酬にふさわしい成果をきっちりと出せる人、それがプロである。

第三は「準備をする」。
プロは「絶対に成功する」と言う責任を自分に課している。絶対に成功するためには徹底して準備をする。準備に準備を重ねる。そうして勝負の場に臨むからプロは成功するのである。表現を変えればプロは寝てもさめても考えている人である。

第四は、プロは「進んで代償を支払おうという気持ちを持っている」ということだ。
プロであるためには高い能力が不可欠である。その高い能力を獲得するためには、時間とお金と努力を惜しまない。犠牲をいとわない。代償を悔いない。それがプロである。

最後に一流といわれるプロに共通した条件をあげる。
それは「神は努力するものに必ず報いる、と心から信じている」ということである。不平や不満はそれにふさわしい現実しか呼び寄せないことを知り、感謝と報恩の心で生きようとする、それが一流のプロに共通した条件である。
(致知2003年8月号)

最近、食の安全を第一に考えなければならない一流企業の不祥事があり、かわいらしい人形の笑顔をもう見られなくなるかもしれないと思うと非常に残念である。
過去にも車や食品マンション、ストーブ、給湯器、シュレッダー等様々な一流企業の不祥事があった。政治も同様、汚職や疑惑、嘘で国民を騙すようなことが続けば国は滅びてしまうだろう。元タレントのそのまんま東さんが宮崎県知事選で初当選した。政治家不信の現れと感じた。それぞれの分野で大切なことはプロフェッショナルとして当然のことをする。つまり、「信」を違えないことであろう。

自分はどれだけの条件を満たしているのか。満たすべく努力をしているのか。
それぞれが人生のプロを目指したいものだ。
ニックネーム uzak at 16:51| Comment(0) |

2006年11月21日

捨欲即大欲

「人間は欲を捨てなければならない」とよく言われる。
では、欲を捨てるとはどういうことか。
たとえば、食事の時にお腹がすいているからもう一杯ご飯を食べようとしたら、もうご飯がなかった。そんな場合、もう一杯食べないと気が済まないから周りに文句を言ったり、当たり散らしたりしていないだろうか。ないものはないので仕方がないのですが、それを「いい機会だから我慢してみよう」と決心して、我慢してみる。

人間の気持ちというの妙なものでほんの少し足りないことを、他人のせいにしている間は腹が立って我慢できないものだが、「どの程度、こらえることができるかやってみるか」と積極的に考えてみるとそれほど問題にはならない。

さらに、一歩進めて、「世の中には、十分に食べられない人間も少なくないんだから、今日は自分も控えることによって、その人達の気持ちを察してみよう。
通常時に自ら進んで食事を減らすほど自分は偉くないが今日は足りないんだから、一杯我慢してみよう。そうすれば、食べられない人の気持ちになれるというものだ。」
世界中の食べられない人の所に行って、食べさせてあげることは出来ないが、そういう人達の気持ちを思いやることは出来る。

こういう風に覚悟を決めた時、これは弱者の道といえるだろうか。
人間が真に欲を捨てるということは、意気地無しになるどころか、それこそ真に自己が確立することである。

自分自身も最近欲というものが様々な面で無くなっているように思う。だからといって意欲がなくなってしまったわけではなく、その何倍も大きな欲が体中にわき上がる。小さな欲を捨てることによって「大きな欲」がわき上がってくる。
それは、個人の欲ではなく、もっともっと世の中の人々の欲すなわち「志」が生まれてくる。自分だけの欲を捨て、世の中の人々のことを理解し、人のためになることを考える。

普段の生活習慣の中から、他の人を思いやる。そんな日々の小さな実践が大切なのだ。

(参考 修身教授録 森信三 致知出版
ニックネーム uzak at 12:34| Comment(0) |

2006年11月07日

天の使い

封筒の差出人名は「天の使い」。83年から毎月1000円、栃木県鹿沼市社会福祉協議会に郵送される寄付が300回になった。「誰なんだろう」。24年間、差出人は分からないままだったが、この10月、同市内の女性が名乗り出た。病床の夫を励ますための妻の決断だった。(朝日新聞 2006年11月4日朝刊より)

その女性は小林美恵子さん(74歳)だ。経営する理髪店を改築したときの喜びから、「社会に恩返しがしたい」と始めたそうだ。99年に跡継ぎの長男を白血病で失い昨年には夫も手足の神経障害で入院。4代続いた老舗理髪店を閉店せざるを得なくなった。収入が絶え、寄付を続けることができなくなった。

小林さんの家庭が、特別、裕福なわけではなかったと思う。むしろ、月千円であるが厳しいときもあっただろう。それを無記名で24年という長い間継続して、寄付し続けたことに感動する。寄付金は障害者や高齢者の為のボランティア援助や中越地震の被災地への支援金にもなっている。

この記事を読んで、子どもの頃、良く見ていたテレビアニメ「タイガーマスク」を思い出した。主人公の伊達直人は孤児として温かい人の情けも、胸を打つ熱い涙も知らずに育ち、「強ければそれで良いんだ、力さえあれば良いんだ」という自分以外の社会全体を敵にまわすような考えになっていく。プロレスではマスクをかぶって、自分の素性を隠し、自分の出身施設である孤児院「ちびっこハウス」の援助をひたすら続ける。
自分のような境遇は自分一人でよい。子ども達には少しでも幸せになって欲しいという願いがそうさせたのだろう。

金額の大きさではなく、心の問題である。
自分の感謝の思いを社会に還元していく。
そんな気持ちの人が多くなれば世の中良くなる。
この世界に一人で生きているわけではない。
社会全体の中で生かされているのだ。
小さなことでもいい。少しでもいい。
子どもも大人も一人ひとりがそれぞれの立場で、出来る範囲内で社会貢献していくべきである。
ニックネーム uzak at 15:28| Comment(0) |

2006年10月29日

片手の不自由な大リーガー

生まれながらにして片手の不自由な少年、ジム・アボットの話である。野球が大好きだった彼は、幼いときに友達に言った。「僕は大リーガーになるんだ」すると、みんなに言われた。「きみにはムリだよ。きみは片手が不自由じゃないか。野球は両手でやるものなんだよ。」

そこで、かれはどのように反論したかというと、「僕はピッチャーになる。片手だって投げられるし、その球を打たれなければいいんだ」と言った。友達に何と言われようと、自分の夢をあきらめようとしなかった。
彼が夢を持ち続けられたのは、彼自身の意志の強さもありますが、彼の母親が素晴らしい「解釈」の出来る人だったことも大きく影響している。それを示す、こんなエピソードがある。アボットは、子どもの頃に周りから障害者と言われ、あるとき母親に聞いた。「僕は障害者なの?」

すると、母親は答えた。「あなたが障害者だと思ったときに、あなたは障害者になるのよ。ハンディは個性なのよ」と。これは素晴らしい解釈である。アボットにとって、「片手が不自由」というのは、紛れもない事実である。母親にしてみれば、不自由そうにしている息子を見れば、不憫(ふびん)に思って必要以上に優しくしてしまいがちだ。しかし、彼の母親はそれをアボットの個性だと受け止めた。(21世紀の成功心理学 青木仁志 アチーブメント出版)

彼は、アメリカ合衆国のカリフォルニア・エンジェルス、ニューヨーク・ヤンキース、シカゴ・ホワイトソックス、ミルウォーキー・ブリュワーズで投手として活躍した。

障害やきびしい現実に対し、それを受け入れ、どう解釈するかによって人生が変わってしまう。通常は、なかなか現実を受け入れることが出来なかったり、否定的に考えて、否定的な行動を取ってしまいがちだ。それをどのようにして前向きに考えて、行動するかが大切になる。

困難があるからこそ、それに対するより強い熱意と信念に基づいて、行動することが大切になる。それが成功する為の条件だ。
そして、あきらめないことだ。できるまでする。成功するまでする。そういう気持ちでしている人に、失敗というものは存在しない。
してもいないのに「自分には出来ない」なんてあきらめていないだろうか。
五体満足であるなら、もっともっと夢を持って挑戦しよう。
誰でも大きな可能性を持っているんだ。あきらめないで。夢に向かって。
ニックネーム uzak at 17:07| Comment(0) |

2006年10月24日

千手観音

先日、「千手観音」というパフォーマンスをテレビで拝見した。
金色をした観音様のイメージの衣装を着た女性が立っている。
音楽に合わせ女性の周りに何十もの手が出てきて、まさに千手観音のように見える。
実は女性を先頭にして、21人が縦に並んでこの演技を行っている。
その動きは、ゆっくりなところもあるが、素早い動きで見事に息が合っている。
もっと、驚かされることは全員が耳が聞こえず、話せないということだ。

それにしてもどうしてこのような演技が可能なのか。
健常者であっても、21人がこれだけ息のあった演技は難しいであろう。
彼女たちは音が聞こえないという障害に負けず、その障害があったからこそ、その場の空気を読み取るという感性が研ぎ澄まされているのだと思う。
彼女たちは、周りの人の息遣いを感じながら、周りの人と協調し、コミュニケーションをとって、全員が一体となって演技をしている。
彼女たちは、普段太鼓を使って練習している。
音は聞こえないのだが、空気の振動を感じ取ることでタイミングを取っているのだそうだ。
音楽を流し、その空気の振動を大きなスピーカーから直に感じ、何度も何度も練習する姿が印象的だった。
実は、音楽無しでも彼女たちは、演技できることには驚いた。練習場には彼女たちの息遣いだけが響く。

彼女たちに共通しているのは、通常では意気消沈してしまいそうな障害に対して、自分の天命としてその障害を受け入れ、そして前向きに物事を考えていることだ。
全員がいつもすばらしい笑顔を見せている。
「私たちは素晴らしい演技を見て欲しい、それだけの思いで一生懸命練習している。同じような障害を持っている人に、自分も頑張れば出来るんだという勇気を持って欲しい」と話す。
小さな事に悩んでいる自分たちと比較したら、恥ずかしくなる。

彼女たちの演技を見ているとなぜかしら、胸にこみ上げてくる感情を抑えきれない。
涙が出てくるほどのすがすがしい感動である。
それは、彼女たちが障害を持っているのにすばらしい演技をするから感動したのではなく、純粋にすばらしい演技をする人たちに感動したのだ。
その人たちがたまたま障害を持っていたというだけだ。
自分は彼女たちの演技に魂を揺さぶられたのだ。

感動とは感じて動くこと。
感動とは人の心が動くこと。
感動とは人の魂が揺さぶられること。

千手観音は、仏教における信仰対象である菩薩の一つで、千本の手は、どんなひとたちも漏らさず救済しようとする、観音の慈悲と力の広大さを表わしている。
彼女たちの魂は千手観音の魂そのものなのかもしれない。
「人の魂を揺さぶる」そんな生き方を目指したいものだ。
ニックネーム uzak at 12:27| Comment(0) |

2006年10月10日

美しい心を持つ日本人

「国家の品格」(藤原正彦著)の中で品格ある国家の指標の一つに高い道徳を挙げている。「明治初期に来日し、大森貝塚を発見したアメリカの生物学者モースは、日本の優雅と温厚に感銘し、なぜ日本人がわれわれを南蛮夷狄(いてき)と呼び来ったかが、段々判って来る」と書いた。さらにこう書く。「日本に数ヶ月も滞在していると、どんな外国人でも、自分の国では道徳的教訓として重荷となっている善徳や品性を、日本人が生まれながらに持っていることに気づく。最も貧しい人々でさえ持っている」と。

「昭和の初め頃までに日本に長期滞在した外国人の多くは、同様のことを記している。逆に、日本からアメリカへ行ったキリスト者の内村鑑三や新渡戸稲造は故国の道徳の高さに打たれた。道徳の高さを測る尺度はないが、過去千年間の各国を何らかの方法で比較することができたら、おそらく段違いで日本人がトップと思う。」

何と日本は、素晴らしかった国なのだろうか。残念ながら現在はそういうことが出来ないだろう。無関心と金銭至上主義に誰もが染まっている。
確かに日本が物質的に豊かになった、しかし、日本の心とも言える大切なものを失ってしまったようだ。問題は、様々考えることができる。
豊かであるために目標が持てない、大人の社会に魅力を感じない、本来模範となるべき人間(政治家や公務員、教師など)の犯罪が耐えない。ニートや失業者の急増。教育の崩壊(ゆとり教育)。家庭の崩壊(核家族化)。食の崩壊(農薬や添加物)。忍耐力の低下・・・。

このままでは、日本は危ない。そういう危機感を持っていないこと自体が危ないのかも知れない。将来がどうなろうと今が楽しければよいという人が非常に多い。確かに今は大切なのだが未来を見つめ、夢を持ち、それに向かって今何をしなければならないかを考えなければならない。

日本を再生するために何をしなければならないのか。
今起きているすべての社会問題の根源がここにあるのではないだろうか。まずはこのことを国民一人ひとりが認識する必要がある。

日本人は、必ず心の遺伝子の中に、美徳を持っている。今はそれが働かないままになっている。明治維新のころの良いところを見直し見習うべきであろう。もちろんすべて戻すことは不可能だが学ぶべきことはたくさんある。かつての日本の良き文化、伝統を大切にすることである。

かつて、天才物理学者のアインシュタインが来日したとき、「日本人が本来持っていた、個人に必要な謙虚さと質素さ、日本人の純粋で静かな心、それらのすべてを純粋に保って、忘れずにいてほしい。」と述べた。
安倍首相の所信表明演説のなかでも語られた。安倍首相は「美しい国日本」にすると言っておりますが、私は「美しい心を持つ日本人」を目指すべきだ思う。
ニックネーム uzak at 12:30| Comment(0) |

2006年06月29日

レンガを積む人

 道を歩いていると、レンガを積んでいる人がいたので、「あなたは何をやっているんですか」と尋ねた。その人は「見れば分かるだろう。レンガを積んでいるんだよ」と答えた。さらに道を歩いていると、別のレンガ積みの人に出会い、その人に「レンガを積んでいるんですね」と聞くと、今度は「いえ、違います。私は立派な家を建てようと思っているんだ」と答えた。(致知 2003年7月号)

どちらも同じ事をしているはずなのに違う答えが返ってくる。
大きな志を持って行動し、主体的に生きているのか、いないのかの違いである。
自分の夢や志を達成しようとするときに細部に至るまで自分でしなければならない。
言われたからやっているという義務感だけで行動していては決して良いものはできない。人は一見どうでも良いと思われる小さな事をおろそかにしがちであるが、達人はそういう基礎的なことこそ重要であり、きちんと自分で行うことで全体を左右されるということをわかっているのだ。

特に美しいものの条件は、しっかりとした基礎、熟考されたコンセプト、そして計算され尽くされたディテール(細部)とデザイン
美しいものというのは、作者の志がにじみ出てくるほど洗練されている。
だからこそ、いつまで見ても飽きの来ないのである。

これは勉強スポーツ、あらゆる仕事においていえることであろう。
英語で言えば、「英単語を覚える」という基本的なことは地味で苦痛にもみえる作業であるが、できる人はこれをきっちり行っている。
そうしなければ難しい長文読解などできないのである。

志を持ち、主体的に生きることで夢を実現できる。
ニックネーム uzak at 10:42| Comment(0) |

2006年06月07日

志と忍耐

「彼は片田舎の丸太小屋で生まれた。学校は貧しさのために断続せざるをえなかった。彼が正規の教育を受けたのは、合計しても一年に満たない。20代になって事業を起こす。だが、失敗した。その上、恋人のしという悲運に見舞われ、自身は神経衰弱を思う。その中でも彼は独学し続けた。そして27歳の時、弁護士資格を取得する。
 労働に明け暮れた経験。弁護士活動で得た見聞。そればやみがたい夢と激しい志を育み、彼を政治へ駆り立てた。
 だが、なだらかな道ではなかった。30代では下院議員選挙に2度、40代でも上院議員選挙に2度、落選した。47歳の時、副大統領選に立候補したが、これも落選した。
 しかし、彼は逃げなかった。夢と志が逃げることを許さなかった。そして大統領の座を射止めたのは51歳の時だった。彼は南北戦争を戦い抜き、奴隷解放という新しい歴史を切り開いた。
 彼の名はアメリカ第16代大統領エイブラハム・リンカーンである。」
(致知 2003 6)

世の英雄たる人物は、賞賛された栄誉、為し遂げた偉業を教えられることが多いが、それに致るまでの失敗や苦悩の日々を目にすることは少ない。
彼を動かしたのは何だったのだろうか。
それは子どもの頃から心の中に抱いてきた夢と志を持ち続けていたからだろう。
夢さえあれば何でもできる。確かにそうなのだが、ほとんどの人は様々な失敗や苦悩から夢をあきらめてしまう。

大切なことは、何があろうと自分の夢をあきらめないという「忍耐」なのかもしれない。
偉業を為し遂げる人は、天によって試練を与えられ、試されているのかもしれない。
だからこそ、「天が解決できない試練を自分に与えるはずはない。必ず解決できるんだ。」そう、信じて、困難に立ち向かうことである。

夢や志を実現するものに決して楽な道はない。現にマネーゲームによって巨額の富を手に入れても、結果として社会からはじき出されることとなった。
夢や志を実現するには、コツコツと努力し、困難から決して逃げないこと。
そして、夢をあきらめないために、自分の身体の中に、真っ赤に燃える情熱の炎を燃やし続けることだ。
ニックネーム uzak at 11:56| Comment(0) |

2006年02月28日

荒川静香

トリノオリンピックで荒川静香が金メダルを取った。
この荒川の金メダルには成功の本質が詰まっている。

その道のりは、厳しいものだった。
まず、荒川に大きく立ちふさがったのは新ルールだった。
芸術性と技術性の両方が満たされないと高得点が狙えなくなったからだ。
絶好調の荒川を打ちのめしたのは15歳の浅田真央だ。
もうフィギュアをやめようかと思ったらしい。
しかし、苦難をプラスに考え、挑戦することにした。
曲を変え、プログラムを変え、コーチを変え、悔しさをエネルギーにした。
成功した人は人一倍、情熱的で努力する人だった。

荒川は金メダル候補の他の選手とは違っていた。
コーエンやスルツカヤは金への欲とプレッシャーから来る緊張と恐れから本来の力が出し切れず、ミスを侵すことになった。
ショートプログラム3位に付けた荒川は、1位のコーエンの演技中もヘッドホーンをして自分のことだけに集中していた。
成功した人は、不安や恐れがなく、集中し自己を高める人だった。

荒川は、メダルを取ることや勝つことよりも自分のすべてを出し尽くすことだった。
新ルールでの技をこなしつつ、フィギュア本来の美しさを出すことで頭がいっぱいだった。
すべての人にフィギュアの美しさを見てほしい。
それには、点にならないイナバウアーをプログラムに組み込み、滑っている彼女自身が楽しく、優雅に滑ることが一番だということだ。
結果は後からついてくる。
成功した人は、美しく優雅だ。

人は、何かに熱中しているときほど魅力的になる。
モノを完成させようとしたとき、本質を確立し、モノは魅力的な美しさを出す。
本質を極めることで結果として成功となる。
成功した人は、本質に対しこだわるが地位やお金には無欲だ。

荒川の場合、メダルを狙わないという無欲が金メダルを獲得した。
企業で言えば、利益や効率を追求し過ぎると、安全や信頼をなくすことになる。
人で言えば、私利私欲に走り過ぎると、信頼をなくすことになる。
成功することは欲望を満たすことではない。
「人のために」という志を持って生きることが大切だ。
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2006年02月16日

野心と志

野心と志は似ているが異なるものである。
これをしたい、こうなりたい・・・という野心は私利私欲でしかない。
野心は自分だけのことでしかない。
それに対し志とは人のために役に立つこと。
これをしたいという志は野心と似ているがそれは人に役に立つことである。
そしてその思いは決してその人だけで終わらない。
それを支持する人や支援する人が現れ、最終的にはそれを受け継ぐ人が出る。

企業でいえば、儲けようとするあまり、自社の利益追求だけに走って、本来の仕事の質を落としたり、安全性を度外視するなど、顧客の心を裏切り、社会に迷惑をかける。
このような会社は結果として社会から排除されることになる。

儲けることは決して悪ではない。
しかし、それだけになってはいけないということだ。
商品を売ることで顧客に喜ばれ、役に立ち、幸せにならなければならない。
そして、儲けることによって顧客や社員にその利が還元されるようになっていなくてはならない。

「儲ける」の「儲」の字は、「信じる者」と書く。
儲けるには信を決して欠いてはならない。
「働く」とは「傍を楽にする」ことである。
企業の志とは商売を通じて社会に貢献することであろう。

野心を持ってはいけないとは言わないが最初の野心を志に進化させることが大切だ。
志を持って生きることこそ、今の現代人に必要なことであろう。
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2005年09月21日

補集合の法則

 やりたいことは何ですか?夢は何ですか?という問いになかなか答えられない人へ。
特に中学生高校生ならなおのこと、自分がどんな職業に就きたいたいかわからないのが現状だろう。それは世の中にどんな職業があるかということがわかっていないと同時に自分というものがどんな人間なのかわからない状態であることも要因の一つであろう。
 やりたいことがすぐに見つけられなければ、やりたくないことをどんどんあげてみよう。少なくとも残ったものの中に自分のやりたいことが残るはずだ。
その方がいろいろ調べているうちに実感が湧いてくる。また、やりたいことがおおむね見つかっている人もやりたくないことを認識することでよりやりたいことへの欲求が高まる。
 数学の補集合で言えば、
(やりたいこと)=(全体)−(やりたくないこと)
となるのだ。

 あなたの「夢」を見つけよう。
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2005年07月18日

日本人の心を守ること

 以前にテレビニュースで見たのだがアジアの学生が「現在はあまり良い風習ではないがその風習を続けている。なぜかというと、悪い風習でもそれを守り継承していかないと自分たちの民族たる所以がなくなってしまう。自分たちがいったい誰なのか分からなくなってしまう。自分たちの民族を守るためにたとえ悪習であってもそれをやり続けなければならない」と語っていた。
 世界の多くの国は、国境があり、常に他民族の侵略を恐れ、また様々な民族がすぐ間近にいる状態で生活している。それに対し、日本人は、島国で他国から侵略されたことは少なく、ほぼ単一民族であるので他国の人や他民族の人は自分の周りに多くはいない。したがって、アジアの学生のように自分たちの民族がなくなるという危機は今までなかった。 しかし、数年後、日本人の人口は6000万人になるといわれている。そうなると国力が低下するので国として選択を迫られることになる。一つは外国人が日本に生活することを積極的に受け入れること。もう一つは外国人の受け入れは最低限にし、日本人が外国に出て行くいわば出稼ぎである。日本はその選択の方向性を考えなければならない。
 「日本人が日本人でなくなる」そんなショッキングなことが将来起こりうるかも知れない。
 『20XX年、一部の人間を除き、ほとんどの人間の学力が低下し、教養を付けないまま大人になることになる。言葉が乱れ、道徳心もなく、教養もなく、仕事もせず、結婚もしない人びとが世に溢れる。中には読み書きさえできない人もいる。国の政治のほとんどは、外国人によって運営され、日本人は日本に住んでいるが日本人でなくなる。「日本国」の崩壊である。政府から付けられた番号の書いてある身分証明書を手放せない。それがなければ、食料をもらうことさえできないからだ。・・・(フィクション)』
 ぞっとするような未来が顔をのぞかせているように私は思う。こんな時代だからこそ、大和魂、日本魂(ジャパンスピリッツ)を大事にするということが必要に思う。日本人は自分たちの文化によその国や民族の文化を取り入れるのが得意だ。中庸を重んじ、極端を嫌う。よその文化の良いところは取り入れ、日本民族の持っている良いところは残していけばいい。それが日本人の文化だ。ただもう少し、日本の伝統的文化を継承し守る必要があると思う。また、幕末の偉人達のように、もっともっと志を持った人が多くなければならない。それが日本人の心を守ることになる。
 だからこそ、子ども達には、「志を持って生きる」ことを伝えていきたい。
ニックネーム uzak at 23:55| Comment(0) | TrackBack(0) |