2008年07月23日

鏡と心

鏡という字の「竟は楽章のさかいめ、くぎりめをあらわし、境の元字。鏡は『金+竟。』道を磨いて、明暗のさかいめをはっきりうつし出すかがみ。」
鏡は鑑とも書き、鑑の字を解釈すると、臥は『臣(伏した目)+人』で人がうつぶせになること。監は『皿の上に水+臥」で、大皿に水をはり、その上に伏せて顔をみること。水かがみでしげしげと姿をみさだめること。昔は水かがみを用い、盆に水を入れ、上からからだを伏せて顔をうつした。春秋時代から後は、青銅の面を平らに磨いて姿をうつすようになったので、金へんをそえ、鑑の字となった。(参考 漢字源 学研)

「鑑明らかなれば則ち塵垢(じんく)止まらず。」(荘子)
鏡がきれいになっていれば、そこにはちりあか一つとどまらない。
つまりここでいう『鏡』は人の心であって、よく磨いていれば、そこに汚い考え方など生じてこない。

「水は波たたざれば、則ち自ずから定まり、鑑は翳(くも)らざれば、則ち自ら明らかなり。」(菜根譚)

波が立っていなければ、水は安定し、自然清く澄んでいる。よごれのない鏡は、自然明るい。同様に、人間の心も感情が波立ち、悩み事に苦しみさえしなければ、本来の明徹さを保つものである。

鏡は清を執(と)りて事なし。(韓非子)

鏡というものは、自分の表面をきれいにとり守って、外物をいかにうつそうかと意をも用いることはしない。美しいものも醜いものもありのままに映す。人間もそのように、心をむなしくして外物に接すべきだ。

水に自分の姿を映すことから鏡という字ができあがっているが自分の身の回りに起こることや自分の置かれている環境は、自分の心の鏡写しなのである。一見自分とは無関係に感じるすべてが自分の考えや言動に起因して展開されてきた結果なのである。鏡は良いことも悪いことも現実をその通りに映すだけであるから、心は常に前向きであり、積極でなければならない。だから、現在の状況に不平不満を言い放すのではなく、自分の思いや身近な人への許しや感謝の気持ちでいると周りの出来事が良い方向へと変わってくる。また様々な出来事に動揺せず、感情的にならず、常に「平常心」でいることが重要なのだ。
自分の心というかがみを常に磨いておかなければならない。
(参考 「中国古典名言辞典 講談社」 「鏡の法則 野口 嘉則」)
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2008年06月15日

道具磨きは自分磨き

工は其の事を善くせんと欲すれば、必ず先ず其の器を利くす。

「職人は、仕事をうまく仕上げるためには、まずその道具に磨きをかける。立派な人間を志して修養するためには、賢者に近づいて学び、仁者を友とすることが必要である。」
(中国古典名言辞典 講談社)

あらゆる仕事の場面でこのようなことがいえるであろう。高級な道具や新しい道具を使うと言うことではなく、今使っている道具に関して、感謝の念を持って、ていねいに取り扱い手入れをしているかということである。野球選手のイチローも道具を大切にするということである。イチローは打席で打った後にバットを放り出さない。
料理人であれば、鍋や包丁を運転手であれば車を手入れするのは当然であろう。学生であれば勉強机を整理整頓し、きれいにする。シャープペンや消しゴム、ノート等必要なものをきちんとしておく。教科書には落書きなどせず丁寧に扱う。といったところだろう。
ものが豊富になった現代、使えなくなったから捨てるのではなく、飽きたから捨てる。そしてまた新しいものを買う。そんな気持ちでいい仕事ができるだろうか。もちろんボロボロのみすぼらしいものを使い続けるということではなく、相棒に対し、あくまでもいっしょに仕事をしてもらっているという気持ちで接することが大切である。
道具をみればその人の仕事ぶりがわかる。
松下幸之助さんは、松下政経塾において「自分の身の回りをきれいにしなさい」とだけ言ったという。

自分の心が所持品の手入れ具合やや机周りや事務所の整理整頓具合に現れる。
いささか耳が痛い話である。
私自身も机の上の山脈を何とかすることや、お世話になっているパソコンキーボードなどきれいにしてあげることに時間を使おう。

道具磨きは自分磨き。
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2008年04月27日

花と品格

 チューリップやパンジーなどの花が切断されたり抜かれたりするという事件が日本中で相次ぎ起こった。こういうことが一度マスコミで報じられると連鎖が起こり次々起こり出す。悪の連鎖だ。
 小さな子どもならまだしも、多くは大人が、ふざけ半分でやったのがほとんどだろう。人としての品格を問われる。日本人はいつからこのようになってしまったのか。幼稚園児でもわかるような善悪を判断できず、充分な思考をせず、安易に行動してしまう。こういう人が増えてしまったことを遺憾に思う。

 公と私のバランスが悪い。社会や個人それぞれ矛盾がある。公を通そうとすれば私の自由が奪われることもあるし、私のことだけを考えて我を通そうとすれば公に反し他の人に不快な思いをさせてしまうこともある。私たちは私心をすべて捨てろとは言わないが公私の折り合いをつけながら生きている。それが後先を考えず、自分の利だけを通そうとすれば問題が起こるのは当たり前だ。
 もっともっと一人ひとりの個人が社会全体を考えて行動すれば、社会はもっと良くなるであろう。そういう教育がもっともっとなされるべきであろう。他の人や動物、環境にもっと配慮できる人の多い社会になることを望む。それは一人ひとりの心がけ次第だ。
それが実現すれば、一人ひとりの心に花が咲き、世界は美しい花で埋め尽くされるであろう。
花達は、こんな事件が起こっても、何もなかったように美しい花を咲かせ、我々を癒してくれる。
ニックネーム uzak at 09:42| Comment(0) |

2007年11月18日

MOWAとジャパンスピリッツ

頭が大きく、鼻が高いピンクのウサギのぬいぐるみ。最近話題になっているMOWAのキャラクターだ。MOWAは最近の他民族の心を学ぶという「心学」を教えている会社でテレビCMなどでも話題になり、全国心学ブームになった。それにより一気に急成長した。政府が給付金を出して8割負担するということが成長に追い打ちをかけた。さらに「駅前道場」という教室展開をしていたがインターネットテレビ電話システムを使い、家庭でも出来る「お茶の間道場」というシステムでも爆発的ヒットを重ねていた。

代表のモンキーブリッジは、利益が上がるにつれ当初の志は薄れ、金の亡者へと変身してしまった。七本義ヒルズの最上階に事務所を持ち、家具の細い扉を開け狭い通路を通り過ぎると、隠し部屋と呼ばれる大きな個室が広がっていた。その部屋は、贅沢の極みで、高価な貯蔵品から家具、電化製品にいたるまで庶民には縁の薄い桁はずれの高級品ばかりであった。窓のカーテンを開けると東京を独り占めしたようだった。
しかし、そんな暮らしは長続きはしなかった。政府は給付金制度を廃止したのと同時に一気に売上が減り、会社は傾いていった。他民族の講師達は給料が未払いになり、交渉を続けていたがとうとうMOWAは破綻してしまった。
代表の隠し部屋が報道されると講師達の行き道理は頂点に達した。

美しい心を金という毒がむしばんでいったのだ。心を教えるはずの人間が心によって滅びていく。人は金によって、驕りが出ていく典型だ。

かわいいピンクのウサギにつられて軽い気持ちで心学を学び始めたばかりだった望月愛希は、ショックを隠せなかった。先払いした授業料は返ってきそうもない。失敗した。そもそもが自分たちの心にない他の民族の心を学んでいこうということ自体が間違っていたのかもしれないと愛希は思った。
日本人の心なんて古くさいし、ダサイと思っていた。しかし、他の民族の心をみんながやっているからという軽い気持ちで始め、学んでみると本当は、礼の心や仁の心など、日本人の心がいかにすばらしいかがわかった。自分の体には「日本人の心」が遺伝子の中に入っているのだ。このすばらしい「ジャパンスピリッツ」をもっと大事にして生きていくべきだと。

愛希にとって、今回の授業料はとても高いものになったが、これは人生のターニングポイントとなった。(すべてフィクションです)
ニックネーム uzak at 10:28| Comment(0) |

2007年10月05日

自分の中にある壁

大きな壁
高い壁
頑丈な壁
越えられそうにない壁

その壁にぶつかる自分がいる

心の壁はいつも自分がつくる

心の壁
強い信念を持てば
必ず越えられる

心の壁
それは自分に
与えられた試練

心の壁
それは自分自身を
成長させてくれるもの

心の壁
自分の言い訳のために
つくり出した虚構の壁

心の壁
本当は壁など
ないのかもしれない

だから
全力でぶつかってゆけば
必ず越えられる

心の壁
自分の中の壁
越えられぬ壁はなし
ニックネーム uzak at 15:21| Comment(0) |

2007年09月30日

露天風呂

久々に温泉に行った。

個人的に露天風呂が好きだ。なぜかというと自分は軽い閉所恐怖症(症状はありません)なので、露天風呂の屋根がないという開放感がたまらなく好きである。

肩までお湯につかっていると、自然界の一員として、生きることを許されていることに感謝せずにはいられなくなって、目を閉じて、心の中で「ありがとうございます」と言ってみる。(口に出すと周りの人から変な目で見られますから)

社会の雑踏という服を脱ぎ捨て、裸のままで、天からのエネルギーを受け入れつつ、お湯につかる。露天風呂はまるで天空への通信装置となる。

天はいいときも悪いときにも決して逃げはしない。
天は私たちが子どもの時から、いや何世代もずっと前から変わらず見守ってきたのだ。

世界が愛と思いやりに満ちた世界になりますように。
祈りながらお湯からあがる。
ニックネーム uzak at 15:30| Comment(0) |

2007年08月21日

ホワイトストーンストーリー

ドンコサーレの胸に鈍く輝く光が見える。
その光は、ストーンウォーターの作った猫の形の宝石が発する光で、ホワイトストーンと呼ばれる。
その宝石を付けていると願いが叶うという不思議な宝石でずっと人気がある。
ただ付けていればいいわけではなく、感謝の念を持ったり、人に喜ばれることをしたりすると白く光る。そうし続けていると輝きが増していき、不思議なことに自分の夢が実現したり、願い事が叶ったりするのだ。

しかし、最近、人気があるので、ストーンウォーターは制作が間に合わず、頭を抱えていた。そこで「今のホワイトストーンよりももっと美しく輝くこの石がたくさんあるからそれを使えばよい」とスノー・マウンテン・ホープの口車に乗り、偽物のホワイトストーンを大量に作り出してしまった。それは本物とほとんど見分けがつかなく、むしろ本物よりも白く美しく輝いている。しかし、その白い輝きは、最初だけでだんだん薄れ、それを付けていると人の悪口を言ったり、嫌がらせをしたりと否定的な行動が目立つようになる。その石がそうさせているのだ。石は白い光を発するばかりか否定的な言葉を使ったり、否定的な行動をすることによって真っ黒な石になり、その人の素直な心や前向きの心を全部、吸収しブラックストーンに変化していくのだった。

いつの間にか、街を歩く人々の胸には黒い石ばかりが目立つようになってしまった。
ドンコサーレは、自分の胸のホワイトストーンが偽物であることに気がついた。この石を外すべきかどうするか悩んだ。
「確かにこの石は偽物かもしれない。しかし、この石があったから、今がある。つらいとき悲しいときこの石は僕に勇気を与え、励ましてくれた。石の力に頼ることなく、自分の力だけでここまでやってこれたということではないか。ならば、この石が本物か偽物かということはもう関係ない。すべては自分自身が主体的に生きるかどうかではないか。自分の心が常に積極的で感謝の念に溢れていればこの石は輝く。そして、自分の心も輝くのだ。だから、ぼくはこの石が偽物であっても、つけ続けるよ。自分の心を強くするよ。」
ドンコサーレはそう誓った。

そのとき、ドンコサーレの青いシャツの上で今まで鈍い光だったホワイトストーンがダイヤモンドのように光り輝いた。
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2007年08月10日

人生のルービックキューブ

ルービックキューブというのは、ルービック博士が開発した立体パズルで、立方体の各6面が異なる色になっていて、さらに9個の正方形に分かれている。
これをバラバラにして、もう一度6面すべてを同じ色にそろえるというものである。

なかなかこれは難しいパズルで何も見ないで解けたら相当なIQということになる。
初めての人にとっては1面を同じ色にそろえるのも苦労する。こっちを揃えれば、反対側が動いてしまう。人生も同様、こっちを立てればあちらが立たない。
人であれば、健康面、教養面、家庭面、精神面、社会面、仕事面の6面でできている「行動のルービックキューブ」や、感謝面、素直面、前向き面、謙虚面、思いやり面、善の面の6面でできている「心のルービックキューブ」を考えてみる。
たとえば、仕事を一生懸命にすることは重要なことであるが家庭を顧みず仕事ばかりしていたのでは家庭崩壊になるし、健康を害するかもしれない。この6つの面の調和を考えながら行動することが大切である。ある一面だけにこだわっているとあちこちバランスが崩れてしまう。全体を見回して、6面を揃えるよう努力していく必要がある。

パズル同様、この人生のルービックキューブもなかなか6面を揃えるのが難しい。
毎日毎日、少しずつ揃えていこうではないか。
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2007年07月03日

顔色とことば

論語に「顔色(がんしょく)を正して、斯(ここ)に信に近づく。」とある。
心は顔にあらわれる。顔色を正してこそ、信義の人、誠実の人に近づくことができる。偽りの人は遠ざかり、まことの人物が近づいてくる(曾子のことば)という意味である。

最近、安倍首相をはじめ政治家の顔色が悪いような感じがする。心に思っていることは表には出てこないと思いがちだが顔色や表情、行動にも現れてくる。
ストレスがなく、前向きに考えている人の顔は明るく、どこかすがすがしい感じがするものである。

また、「辞期を出(いだ)して、斯に鄙倍(ひばい)に遠ざかる。」と続く。
言葉に注意するがよい。ことばはおのずから、その精神状態をあらわすものだ。これを謹んで発するならば、野卑非道の人間はおのずから遠ざかるであろう。

ことばは心の状態を示している。たかがことば、されどことば。潜在的に考えていることがことばとして出てくるのだ。政治家で「しょうがない」発言をしてしまった人も直接的にそうは思っていなくても、潜在的な考え方は近いものを持っているのではないだろうか。だからことばとして出てきている。政治家たるもの国民の代表であるのだから、一つひとつのことばや行動を慎重に選んでいかなければならない。
私たちは、ことばによってコミュニケーションをとるのだから、安易な発言や行動は避けるべきだ。そうしなければ、相手を傷つけたり、誤解を招くことになる。

できる限り、人を非難したり、否定的な言葉は避け、肯定的で前向きな言葉だけを発することが望ましい。(参照 中国古典名言事典 講談社)
ニックネーム uzak at 11:41| Comment(0) |

2007年05月10日

もう一人の敵、それは自分

サム・ライミ監督のスパイダーマン3が公開になった。まだ見ていないが「もう一人の敵、それは自分」というサブタイトルが気になった。

人は誰しも、自分の中に善と悪が共存している。もちろんそのバランスは善が多い方が理想である。しかし、少なからず悪の意識もあるのが現実だ。

陽と陰、光と陰、プラスとマイナス、NとS、南と北、男と女など、何事、世の中は対になって成立している。どちらが欠けても成立しないのだ。

自分の中にある勤勉な心と怠け者の心。やらなきゃいけないのに逃げてしまう。「分かっちゃいるけど止められない。」とは故植木等さんの役の中でのセリフである。このセリフこそ、人間の本質を語っている。
理想と現実が上手くかみ合わないのが人間なのである。
だからこそ、理想を掲げ、努力することが重要なのだ。そうしなければ、人間、いつも楽な方へといってしまう。

目標を立て、計画を練り、それを実行する段階で、「じゃまをする自分」や「怠け者の自分」が登場してくる。

自分の敵は自分。
人はいつも闘っている。
一番強敵なんだなあ、これが。
ニックネーム uzak at 10:50| Comment(0) |

2007年03月29日

自分

ひとは楽しいとき
自分の一部が表に出る

ひとは苦しいとき
自分のすべてが出る

苦しいときこそ
本当の自分が
みつかる
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2007年01月30日

アイスキャンドル

アイスキャンドルを初めて作った。ポリバケツに水を入れて家の外で凍らせるのだが最初は、凍らせているのを忘れて3日も放置したものだからかちかちに凍ってしまった。
今度は、忘れないように注意して一昼夜で中の氷を取り出した。これは良くできたと思ったのだが外に置いていておくと氷の厚さ(1センチ程度)が足りず日中の温度で解けてしまった。
なかなかむずかしい。今度は二晩置いてから、氷を取り出すと周りの氷の厚さは2センチ程度の充分な厚さになり、やっと満足できるアイスキャンドルが完成した。

バケツに入れた水はどこから凍るかというと外側から凍る。底の氷は凍るが薄い。
体験してみないと意外と知らない人もいるかも知れない。
水の真ん中は人でいうと心。固い信念を持ち、燃えるような情熱を持っていれば心は凍らない。いつでもそうでなければならない。
氷は、そんなことを教えてくれているかのようだ。

冬の冷え切った夜、氷の中心に炎を灯す。
冷え切った人の心にも炎を灯す。
ニックネーム uzak at 00:45| Comment(0) |

2006年12月30日

銀河に思う

中学生に天体の授業をした。今年は、冥王星の惑星除外の問題が話題になった。
冥王星が登場するSFも多く、「宇宙戦艦ヤマト」や「銀河鉄道999」、 「美少女戦士セーラームーン」などに登場する。(最近アニメの話題が多いぞ)冥王星は発見されてから76年が経ち、最も遠い惑星ということである意味、神秘的な宇宙の象徴としても捉えられてきただけに何か夢が壊された思いがする。併せて、ふるさと銀河線が廃線になったのと重なり寂しいばかりである。列車に描かれた銀河鉄道999のメーテルと鉄郎の顔が悲しんでいるように見える。

授業が終わって、夜空を見上げるとオリオン座の三つ星が輝いている。その三つ星はミンタカ、アルニラム、アルニタクと呼ばれる。
中学生、高校生の頃、部活で遅くなって家に帰るとき、辛いことイヤなことがあっても空に輝くオリオン座を見つめていると「何でそんなことにくよくよしているのか」と問いかけてくる。すっと胸のもやもやも吹き飛ばしてくれた。そしてそらからいつでも見守っていてくれたように思う。すぐに見つけられるので安心感があるのだ。オリオン座に限らず、星座には神秘的な力があるかのようだ。

ギリシャ神話にはこうある。
巨人オリオン(オリオン座)は海の神ポセイドンの子だった。大変に力のある猟師だったが乱暴で困ったので、大地母神ガイアがさそり(さそり座)を使い、毒針で刺し殺した。その後2名とも天にあげられ星座となった。オリオン座は冬の間、空高いところで威張っているが、さそり座が東の空から上るとこそこそと西の空に沈む。さそりは名高い狩人オリオンを一撃で刺し殺したくらいであるから、天にあがっても監視つきである。さそり座が天上で暴れた場合は、隣にいるケンタウルスのケイロン(いて座)が射殺すことになっている。

また、オリオンの悲劇と呼ばれるこんな話もある。
狩猟の神であるアルテミスには、愛した男性がいた。ポセイドンの息子オリオンである。オリオンは、陸でも海でも歩くことができ、そして、大変な力持ちで太いこん棒を使用し野山の獣を狩り、ギリシア一番の猟師になっていた存在だった。
狩猟の神であるアルテミスとギリシア一の狩人であるオリオンは次第に仲良くなっていき、神々の間でも二人は、いつしか結婚するだろうと噂されるようになっていった。所がアルテミスの双子の兄であるアポロンは、乱暴なオリオンを嫌い、二人の関係をよく思わず、ことあるごとにアルテミスを罵った。だが、アルテミスの心を変えることは出来なかった。

ある日、アポロンはサソリに追われ海に逃れ頭だけを水中に出したオリオンを見つける。そして、アルテミスに『アルテミスよ、君は弓の達人だ。でも遠くに光る丸太を射ち当てることは出来まい。もし命中したなら、その腕前は本当に素晴らしい』とオリオンを指差したのである。あまりにも遠いため、オリオンと認識できなかったアルテミスは『私は確実に狙いを定める弓矢の名人。まぁ見てて』と、兄の言葉に弓を構え、狙いを定めて矢を射ったのである。数日後、矢の刺さったオリオンが浜辺にうちあげられる。そこで初めてアルテミスは自分の射った丸太がオリオンだと知る。愛する人を殺めてしまったアルテミスはひどく悲しみ、月の女神でもある彼女が、夜を照らすことすら忘れさせてしまうほどだった。打ちひしがれたアルテミスは、死者をも蘇らせる名医アスクレピオスのもとを訪ね、オリオンを生き返らせてくれるよう頼む。しかし、死人が冥府に来ないと秩序が乱れると冥府王ハデスが反対。アルテミスは最後の手段にゼウスに『父上、お願いです。私の最愛の恋人だったオリオンを空に上げてください。そうしたら私が銀の車で夜空を走って行く時に、いつもオリオンに会えるから』と頼む。そしてゼウスもその願いを聞き入れ、オリオンを空高くにあげ星にさせる。そして彼がオリオン座として天に上がったそこは、ちょうどアルテミスが夜空を照らすために月の小舟をはしらせる通路にあたるところだった。アルテミスがいつも恋人オリオンの姿を見られるようにと…。

そして、その後アルテミスは銀の車(月)にのって夜空を散歩するたびに、オリオンに会いに行くと言う(月は公転運動でみかけの位置を毎日かえる。一日に約13°ずつ東へ移動して、一か月に一度はオリオン座のすぐ上を通る。月の女神アルテミスは今も月に一度のオリオンと会うのを楽しみに星空をまわり、夜を照らし続けると言われている)。(フリー百科事典『ウィキペディアWikipedia)』より)

授業の話に戻るが、銀河系の直径は10万光年あるといわれている。1光年とは、光の速さで1年かかるいうこと。光の速さは、宇宙の真空中において 299,792,458 m/s(≒30万キロメートル毎秒)。「1秒間に地球を7周半回る速さ」ともいわれる。光の速さで動く宇宙船でも10万年かかるという距離。もう想像を絶する距離である。

地球から太陽までは、1億5000万キロメートルある。光でも500秒(8分以上)かかる距離だ。いま届いている光は8分以上前に発せられた1億5000万キロメートル離れた宇宙から来た光ということ。当たり前の日常が、考えてみれば有り難いと思える。
そして、この地球に生命が存在できるのはこの距離のおかげである。これ以上太陽に近いと気温が高すぎ、これ以上離れると気温が低すぎていずれも住むことはできないだろう。
また、大気と水が存在すること。
まさに地球にこうして、生命が存在できるのは宇宙の配置で考えても奇跡的なのである。

宇宙のロマンと感謝を抱き、再びオリオン座を見つめる。
ニックネーム uzak at 14:50| Comment(0) |

2006年09月22日

土のように生きる

古代中国に端を発する自然哲学の思想である五行思想(ごぎょうしそう)において、万物は木・火・土・金・水の 5 種類の元素から成るという説がある。
その中の一つである「土」と心について考える。

土は、漢字を見ても、大地から植物の芽が発芽している様子を表現しているように見える。土は植物はもちろん小さな微生物も含め万物を育成・保護する役目を持っている。
雨が降れば、そのよけいな水分を吸収し、洪水になるのを防いでくれる。また、適度に水分を蒸発させ、空気中の水分量を適切な状態を保ってくれる。
土は誰からも踏みつけられているが、文句を言うことはない。逆に言えば、土である大地がなければ人は立っていることもできないのだ。

人は、母親のおなかにいる時、胎盤という命の大地によって生かされている。
「母なる大地」とも言われる。大地はずっと太古から人類と生命を見守ってきた。
大地は、地球の母親と言っても良いかもしれない。

人にとって「土」は、「心」であり、放っておけば心の土壌は雑草だらけの荒野になってしまうだろう。心の土壌は草取りをし、耕し続けなければならない。それが心を磨くことになる。最近起こっている様々な事件を見ていると、憂うばかりであるが、日本人は土壌を耕すことをせず、樹木の実や建物ばかりを追い求めている。つまり、自分の心を磨くことを怠り、富や地位、便利さを求めたためにこんな事態になっているのではないだろうか。
一度、荒れ果ててしまった土壌を元に戻すのは容易なことではない。
だからこそ、日本人それぞれが自分の心の土壌を耕し、土のように生きることが大切である。
ニックネーム uzak at 19:38| Comment(0) |

2006年08月04日

きつねのおきゃくさま

「はらぺこきつねが歩いていると、やせたひよこがやってきた。がぶりとやろうと思ったが太らせてから食べようと自分の家に誘う。きつねはひよこに優しく食べさせた。ひよこに「やさしいおにいちゃん」と言われる。その後、やせたあひるを招き、ごちそうし「親切なおにいちゃん」と言われる。そしてまた、やせたうさぎを招き、ごちそうし、「かみさまみたいなおにいちゃん」と言われる。ひよことあひるとうさぎはまるまる太った。
ある日、おおかみがひよこたちを食べにやって来る。きつねは勇気を出して一所懸命戦った 。おおかみは逃げっていったが、きつねはその夜に死んでしまう。
まるまる太ったひよことあひるとうさぎは小さいお墓をつくった。そして、世界一やさしい親切な神様みたいなその上ゆうかんなきつねのために涙を流した。」(きつねのおきゃくさま サンリード)

これは絵本の物語である。絵本というものは楽しいものだという認識があったが、こんな切ない絵本があることに私は驚いた。2歳の子どもに読んであげると悲しそうな顔をしてだまってしまった。

下心があったきつねだが、純粋に「やさしい」と言ってくれるひよこ達に情がわいてきたのだろう。今までほめられたことがなかったからこそきつねは、ほめられたいと行動を起こすようになった。

人はほめる環境の中で育つと、その言葉に影響され、それに応えるように生きていくようだ。小さなやさしさを周りの人に配っていくと周りの人からありがとうと言われる。すると、体の中に「快」が得られ、もっと周りの人にやさしさを配りたくなる。
そうやって、周りの人が喜んでもらうことが自分の最高の幸せだと気づく。

ぎすぎすした現代の中で、お互いが思いやりの気持ちを抱いて、言葉を発し、行動すればもっと世の中は良くなるであろう。
ニックネーム uzak at 00:20| Comment(0) |

2006年07月24日

音楽で心の灯をともす

「6歳でピアノを始め、大学卒業後に神戸で音楽教室を開く一方、20年で120回以上の演奏するなど、順調な人生を送ってきた。しかし95年の阪神大震災で一転した。教室が壊れ、大阪に拠点を移したが授業資金が膨らみ、6年ほど前に事実上破産した。妻と別れ、大阪市内で野宿生活を送ってきたが『多くの人に希望の灯をともす一助になれば』として、ピアノを演奏し続け、CDを発売したのは合田清さん(55歳)だ。」(朝日新聞 2006.7.)

順調だったはずの合田さんの人生は地震によって、大きく一変した。こんなはずではなかった、と思っただろう。しかし、人生のどん底ともいえる状態の人間が、労働者の心を癒すことが出来た。それを可能にしたのは、芸術の能力と辛い経験があったからであろう。これは自分の復興であり、「人生の復興」である。
自分自身が人生の底辺にいるからこそ、優しい希望の光を発することができる。

阪神大震災のあと毎年1月17日に追悼ライブを行っている人がいる。神戸出身の平松愛理さんだ。デビューの時から子宮内膜症で、子供を授かり子宮を摘出した時に癌だとわかった。静養する中での、彼女の言葉。
「 人の死を無駄にしちゃいけないです。今、生きている人達が、その死を意味あるものにしていかないといけないです。ガンという病気になって、私自身“死”が近くに感じられるようになりました。」
そして、今年も彼女のライブは続いた。

お二人とも音楽により人の心に灯をともす。
辛い思いをしたからこそ出来る表現がある。
他人の心の灯をともすために、自分の灯を燃やし続ける。
そんなすばらしい生き方に声援を送りたい。
ニックネーム uzak at 01:35| Comment(0) |

2006年06月19日

自分の心を磨く

「日本を美しくする会」という名の組織がある。
(株)イエローハットの創業者・鍵山秀三郎さんの掃除哲学に学ぼうという有志の集まりとして平成5年11月に結成された。
この会は、ひたすらトイレ掃除をする会なのだが、全国に輪が拡がっている。

なぜトイレ掃除なのか?
その答えはは次の五つである。

1. 謙虚な人になれる
どんなに才能があっても、傲慢な人は人を幸せにすることはできない。人間の第一条件は、まず謙虚であること。謙虚になるための確実で一番の近道が、トイレ掃除です。

2. 気づく人になれる
世の中で成果をあげる人とそうでない人の差は、無駄があるか、ないか。無駄をなくすためには、気づく人になることが大切。気づく人になることによって、無駄がなくなる。その「気づき」をもっとも引き出してくれるのがトイレ掃除です。

3. 感動の心を育む
感動こそ人生。できれば人を感動させるような生き方をしたい。そのためには自分自身が感動しやすい人間になることが第一。人が人に感動するのは、その人が手と足と体を使い、さらに身を低くして一所懸命取り組んでいる姿に感動する。特に、人のいやがるトイレ掃除は最良の実践です。

4. 感謝の心が芽生える
人は幸せだから感謝するのではない。感謝するから幸せになれる。その点、トイレ掃除をしていると小さなことにも感謝できる感受性豊かな人間になれます。

5. 心を磨く
心を取り出して磨くわけにいかないので、目の前に見えるものを磨く。特に、人のいやがるトイレをきれいにすると、心も美しくなる。人は、いつも見ているものに心も似てきます。
(日本を美しくする会)

身の回りが自分の心を表している。特に自分の机は、本や書類で山積みになって、机の面が見えないくらいになっているときがある。そういうときは、やらなければならないことでいっぱいで自分の心の余裕がないときなのだ。
机の面を掘り出して、きれいにぞうきんで拭くと本当にすがすがしい気持ちになる。
内心いつまでこのきれいな状態を保てるのか不安もある。
毎日の身の回りの整理整頓が必要で、掃除をすることで自分が磨かれる。
誰もができる「自分磨き」。子どもも大人もできる。
ぜひ、掃除を通じて自分を磨いて欲しい。

「一つ拾えば一つだけきれいになる」は鍵山秀三郎さんの言葉だ。
全国民、全世界に、こういう気持ちが拡がれば、世界は今よりずっと良くなるだろう。
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2005年12月06日

前頭前野を鍛える

東北大学の川島隆太教授によると前頭前野はつかみどころのない脳と言われている。
脳の側頭葉や後頭葉は仕事で言えば、専門職でそれぞれの部位がそれぞれの体の部位の運動や制御に司っている。
一方、前頭葉の前頭前野は仕事で言えば総合職でいろいろな筋肉の運動の指令や感情の指令を出している。つまり様々な体外からの刺激に対して判断し、処理し、指令を出している。

100ます計算で有名な陰山英男さんが校長の広島県尾道市土堂小学校では1時間目に100ます計算等をすることによってその後の理解力や記憶力が1割から2割アップするという。これは「脳のウォーミングアップ現象」と呼ばれている。
人間だけが前頭前野という脳は人間だけが特別発達している。
他の動物はそれほど発達していないという。
人間が人間として存在できるのは前頭前野が発達していることにある。
「考える力」「想像する力」、「記憶する力」、「学習する力」「コミュニケーションする力」、「行動や感情の制御する力」「やる気」「集中する力」「意欲」 という力は前頭前野から出る。
ではなぜ、人間だけが前頭前野を発達してきたのか。
川島教授の立てた仮説では人間の進化に関係しているのではないか。

つまり、現代の人間は「数」や「文字」を扱い、記号を操作することで文化文明を作ってきた。 そのために「人の脳は記号に特化して反応する」ようになったのかも知れない。
例えば、赤ちゃんが非常に未熟な状態で生まれてくる。それが数や文字にふれた段階で今の人間の脳になるように脳の「遺伝子のスイッチ」が入る。そしてその遺伝子のスイッチは大人になっても残っている。それで認知症の高齢者に読み書き計算をしてもらうと症状が改善される。つまり、再び遺伝子のスイッチがONになるのだろう。

科学者 村上和雄先生(筑波大学名誉教授)によると、遺伝子の中には性格や行動の様々な要素が含まれているがそれらが全て働いてはいない。ある時にはONになり、あるときにはOFFになる。常に働いている遺伝子は3%。眠っている良い遺伝子のスイッチをオンにできれば、人間の可能性はどこまでも拡がる。

前頭前野を鍛える3つの原則は
@ 読み書き計算
A コミュニケーション
B 手指を使い何かをつくりだす
ということ。

@では黙読より音読。見ているより書くこと。複雑な計算より単純計算。
Aでは一人でいるより、会話をする。特に3人以上になると複雑なコミュニケーションとなりより前頭前野が働く。
 また、対面で会話をしていると前頭前野がよく働くが携帯電話で話をしているときはほとんど働いていない。知らない人より、お母さんと会話をする方が前頭前野がよく働く。
 家族が愛情を持ってコミュニケーションすることが重要である。
Bでは楽器を演奏したり、絵を描いたり、工作をしたり、というように何かをつくりだすこと。単純に指を動かすだけでは前頭前野が働かない。
 コンピュータゲームをしているときは、前頭前野が働かない。

反対に前頭前野が働かない、お休みするものは代表例がゲームと漫画。
大人が音楽を聴いたりマッサージを受けたりしているとき前頭前野は働かない。
これは大人が気持ちいいと感じるときの状態で、子どもではゲームと漫画をしているときが当てはまる。

スポーツの世界でもこの前頭前野機能を鍛えることで活躍している人がいる。
イチローは対向車のナンバープレートの数字4つを瞬時に足すということで前頭前野を鍛えていたそうだ。
残念ながら、アメリカではナンバーはアルファベットなので出来ないが来日するとつい癖でやってしまうそうだ。
柔道のヤワラちゃんこと谷亮子さんは身体を動かしながら、単純な計算問題に答えるという方法をとっていた。

2人に共通するのはこのように前頭前野を鍛えることで、こういうときにはこうすると瞬時に身体が判断し、「身体が動いてしまう」そうである。前頭前野が筋肉の動かす命令を出しているので瞬発的運動能力が向上するようだ。

誰でも出来る鍛え方
右手をグーの状態で前に突き出し、左手はパーの状態で胸に置く。
今度は右左を入れ替えて、左手をグーの状態で前に突き出し、右手はパーの状態で胸に置く。これを繰り返す。適度なところでグーとパーを入れ替えて続ける。
単純ですがなれないと意外と難しい。誰でも出来るので是非試してもらいたい。

また、注目したいのは、北海道大学 澤口俊之教授によると前頭前野が人徳や人格にも関係していることだ。
前頭前野を鍛えることで思いやりや人の痛みが分かる優しい心が育つという。
いま子ども達の教育現場にこの前頭前野を鍛えることを組み込んでいきたいものだ。
そうすればもっと良い世の中になるのではないでしょうか。
ニックネーム uzak at 02:00| Comment(0) |

2005年10月24日

柿の木

久しぶりに帰省した。
家の周辺には柿の木が何本もある。
子どもの時はよく柿の木に登って、遊んだり、柿の実を取って食べたりしたものだ。
今年は柿が豊作だそうで赤くなった柿がたくさんなっている。
何となく自由奔放に一生懸命に実がなっている感じがした。
実は昨年はほとんど手入れをしなかったので、実があまりならなかったという。
柿のことはあまり良く知らないが、毎年実をたくさんつけるには少なくとも剪定をするなどの手入れをしなければいけないということだろう。

人も手入れをしないと実を結ばないであろう。
夢を実現するには、水やりや肥料、剪定や害虫駆除など心の手入れが必要だ。
はたして、自分に水をあげているのだろうか?
周りの人の手入れをしてあげているのだろうか?
柿の木の上で実を取りながらそんなことをぼんやり考えていた。
それにしても高いところはやはり苦手だ!
ニックネーム uzak at 12:42| Comment(0) |

2005年10月19日

ツイている

集団には、その集団独自の雰囲気や空気が存在する。
ツイている人の周りにはツイている人が集まる。
前向きに頑張っている集団には頑張る人が集まる。
「類は友を呼ぶ」という言葉もある。
その集団の空気に違和感を感じる人は大概、自らその集団を離れていくことになる。
すると、その集団の特徴がより強くなる。
前向きな人や、頑張っている人に接するとエネルギーをもらう事が出来る。
そういう人と話をしているとエネルギーを共有し合いお互いを高めることが出来る。
一方、否定的なことばかり、話している人や集団と関わっていると具合いが悪くなるので私の場合は距離を置くようにしている。

ツイている人の周りに常にいいことばかり起こるわけではなく、不運なことや問題が必ず起こる。しかし、それをうまく解決出来るからツイているということになる。
私は自分が「ツイているなあ」と思い出してからは、不運なことが起こっても解決出来るようになった。
「困ったことは起こらない」「必ず解決できる」と思って対処しているとうまく事が運ぶ。

出来る限り、「ツイてる」「有り難い」と思って、前向きな行動をしたいものだ。
ニックネーム uzak at 15:29| Comment(0) |

2005年10月15日

理解すること

人は、地位や富を得ると傲慢な考え方になり、他の人の心を考えられなくなりがちだ。
人の気持ちを理解することを英語でunderstandという。
understandというのは、下に(under)、立つ(stand)と書く。
政治でもボランティアでも強い人や力のある人が上に立って(upper stand)、弱い人達の気持ちを理解しようとしても本当の意味で理解することはできないであろう。
下に立って理解すること(understand)、同じ視線で物事を考えることが大切である。
人を理解するとは相手の立場になって物事を考えることである。
そして自らが「下座に生きる」こと。
自分自身が人の嫌がることや汚いことを率先して行い、自らが汗をかくことだろう。

インドで貧しい人たちのために愛を与え続けたマザーテレサは、次のような言葉を残している。
「恵まれない人々にとって必要なのは多くの場合、金や物ではない。世の中で誰かに必要とされているという意識なのです。見捨てられて死を待つだけの人々に対し、自分のことを気にかけてくれた人間もいたと実感させることこそが、愛を教えることなのです。」

人が人を理解すること、それは愛である。
ニックネーム uzak at 16:01| Comment(1) |

2005年10月10日

エントロピーの増大

 一般に物事は秩序から無秩序に変化する。例えば、ある日曜日、君が自分の部屋で過ごすとしよう。すると、おやつを食べたり、CDを聞いたり、漫画を読んだりと床一面に様々なものが散乱することになる。これが秩序から無秩序へ変わるということであり、物理学ではこれをエントロピーの増大という。

 養老孟司先生によると、睡眠について、起きているときは無秩序の状態だが、寝ることによって秩序が保たれるという。図書館にたとえると、昼間、図書館に行くと帰る頃には本がカウンターに返されてぐちゃぐちゃになっている。これが無秩序。図書館を閉めてから司書が元通りに戻す。これが秩序。人は無秩序と秩序を繰り返すことになる。

 自然界が秩序から無秩序に変化するであるように、人の心もそのまま放っておくと荒みや傲りに向かう。そう無秩序に向かう。だからこそ心も育てていかなければならない。
ニックネーム uzak at 00:29| Comment(0) |

2005年10月02日

不調の時ほど前を向け

 調子が悪い時ほど前を向いていかないといけない。どうしようなどと不安や迷いがあるとますます状況は悪くなる。「泣きっ面に蜂」である。調子が悪いということは、心の中に何かマイナス要因があってそれが足を引っ張る原因になっているだろう。大変ではあるけれど辛い時ほど前向きに物事を考えなければならない。

 中畑清(元巨人軍、現野球評論家)は打撃の調子を聞かれて最悪の状態であっても「絶好調」と答えたそうだ。ヒットが1本でも出れば、「絶好調」を連発して自らを奮い立たせたという。それを指導したのは長嶋茂雄監督だった。中畑清はマイナスをプラスに変える実践者だ。好記録を残した「絶好調男」である。

 スキーにおいてスピードが出て怖くなって腰が後ろに行くと体重が後ろになり、さらにスピードが増してしまい、転んだ時は非常に危険である。そんなときこそ、体を前に向けて体重を前に持って行き、雪面を押さえるようにすることでしっかりと滑走することができるのだ。

 あなたの人生に立ちふさがる大河。そこに吊り橋が架かっている。その幅は何と30センチメートルで手すりもない。下は遙か彼方数百メートルも下に水が流れている。踏み外したら命がない。そんな橋を渡らなければならないとしたら・・・あなたはどうする。
足下を見たら恐怖でいっぱいになってしまう。だから決して下を見たり、もしものことを想像したりしてはいけない。橋の両側には地面が広がっていると言い聞かせ、まっすぐ前を見て、自分を信じ進むことだ。

 あなたも不調の時ほど「絶好調」と心の中で唱え、前向きで歩こう。人生を「絶好調スパイラル」にしよう。
ニックネーム uzak at 10:37| Comment(0) |

2005年09月22日

自分の壁

「もう限界だ。」、「自分には無理だよ。」よくそう言う人がいる。
その限界というのは誰が決めているのか?他の誰でもない。自分自身なのである。
物事の判断は今の自分の持っている能力や才能によって判断しているにすぎない。努力をして、数ヶ月後、数年後に能力を付けている自分を想像することをしないからだ。
入学試験も今の学力で受けるのではない。努力して、充分な学力を付けた後の自分が受験するのである。
なぜそういう考えになってしまうのか。それは心が否定的な考えで満たされている人が多いからであろう。周りに成功している人が少ないからであろう。不安や恐れからも来る。
否定的な心からは否定的な言葉が出てくる。逆に肯定的な心からは肯定的な言葉が出てくる。肯定的な言葉を発していると肯定的な行動をするようになる。
否定的な心の中に肯定的なものを置き換えていく必要がある。気づいたなら、肯定的な言葉を使い、肯定的な行動をしていくことで必ず、心は澄んでくる。
そうすれば、自分で作った壁や天井は必ず取っ払うことができる。
そもそもが壁や天井なんて、自分が心の中で作り出したものにすぎない。
したがって、「自分はできる」「自分は乗り越えられる」と思えば大丈夫なはずだ。
かごの中に入っている自分をかごの外に出てみよう。大空に羽ばたいていいのだ。
ニックネーム uzak at 12:24| Comment(0) |

2005年08月25日

ありがとう

ありがとう

100人へありがとうと言ったら周りの100人が幸せになる。

100人からありがとうと言われたら周りの100人が幸せになる。

周りの人が幸せになれば日本中の人が幸せになる。

周りの人が幸せになれば世界中の人が幸せになる。

そして

一番最後に自分が幸せになれる。

すべてに感謝。

ありがとう。
ニックネーム uzak at 10:06| Comment(0) | TrackBack(0) |

2005年08月12日

感謝のこころ

成功を収めている人に共通するのが感謝の心を持っていることである。
まず感謝しなければならないのは、両親であろう。両親がいなければ自分自身の存在がないからだ。そして子どもへの愛情というのは「無償の愛」であるからだ。試しに親に聞いてみてほしい。少なからず、小さかった頃に病気やけがの時、寝ないで看病してもらったり病院に運んでもらったりしているはずだ。したがって、無条件に親へは感謝をしなければならないのである。仮に親に対して反発の心を抱いていてもである。ご飯をつくってくれる人は?あなたが寝ている家は誰のものか?お小遣いは誰からもらっているのか?・・・あげればきりがないが自分と親との関係を考えてみれば分かるはずだ。もしあなたが親に反発していると自分が情けなく思うのではないだろうか?もし、このことが理解できなければいつか気づく時が来るであろう。その最終時期は、自分が親になった時である。
感謝の心を常に持っていただきたいものである。
ニックネーム uzak at 18:55| Comment(2) | TrackBack(0) |

2005年08月11日

素直な心

人は素直な心でなければならない。
人が成長する上で自分自身が変わらなければならない。
自分が変わるには他の人の考えを受け入れなければならない。
そのためには素直な心で受け入れなければならない。
人の話の聞き方に関し2種類の人がいる。
一つは、批判的に聞く人。自分の方が正しく、相手の言葉に耳を傾けようとしない。自分のことを貫くのは良いことだけれどそれ以上の進歩はない。
もう一つは素直な心で話を聞く人。相手の言葉を客観的に聞き、自分の心をオープンにする。自分より目下に人の言葉にも耳を傾けることが重要だ。
相手の言葉が自分に浸透したならば、自分を変えていく原動力にする。
素直であることは自分を謙虚にすることである。
世の成功者に共通することの一つは「素直」であること。
松下幸之助さんは「素直の十段になりましょう。」と言っている。
ニックネーム uzak at 00:47| Comment(0) | TrackBack(0) |

2005年08月05日

原爆投下60年 心の平和を思う

原爆が日本に落とされて、8月6日で60年になる。
私もまだ生まれる前のことである。当時は二度とこのような戦争を繰り返すまいと誰もが思ったことだろう。町も家族も人の心もすべてが破壊されてしまった。それから60年後すべてが復帰した。敗戦国が世界的にも有数の国家となり得た。国や国民が物質的な豊かさに踊らされ、幸福になったかのように見えるが人の「心」は荒んでしまったのではないだろうか。便利になり、楽になって得たものは大きいけれど知らず知らずのうちに失っていくものがある。例えばこの文章もパソコンによって書いているわけだが、パソコンは知らない言葉もすぐに漢字に変換してくれる。最近手書きで文章を書こうとすると、ちょっとした漢字でも浮かんでこない。本当に知らず知らずのうちにに何か大切なものを失っているように思う。
今も60年前の原爆によって、苦しんでる人がいる。今の日本の繁栄ぶりを見るとすべてが破壊されたなんて嘘のようだ。日本人は世界で有一の被爆国なのだから、もっともっと「平和」を訴えてもいいのではないか。世界中で未だに残っている様々な争い。日本人だからできることがあるのではないか。自分には小さなことしかできないけれど誰よりも平和を祈っている。誰にも心の平和が訪れますように。世界のすべての争いがなくなりますように。
ニックネーム uzak at 23:54| Comment(2) | TrackBack(0) |

2005年08月01日

信念の力

「根無し草には花は咲かない。信念がなければ人生に花は咲かない。」 (松下幸之助)

 どんなに立派な茎を持った草であっても、根がなければ水や養分を吸い込むことができない。だから花を咲かせることはない。根があっても、その根が腐っていたらやはり花を咲かせることはできない。人間に置き換えると、どんなに立派な地位につき、どんなに裕福な状態であっても、心がなければ、心が腐っていたら、成功とは言えない。今は見かけ上成功しているように見えたとしても、いずれ朽ち果てるだろう。
 人生に花を咲かせるには、たとえ見かけは小さな体であっても、自分自身の価値を見出し、価値を信じる力が必要である。それが信念というものに結晶化され、志という確固としたものに昇華する。
 根に入る水をきれいにすることが必要なように、心もきれいにしなければならない。汚れた心からは、きれいな花は咲かない。否定的な心からも、きれいな花は咲かない。
子ども達にしてほしいことは、自分の心の水をきれいにすること。具体的に言えば、自分の周りの人に小さなことでいいから喜ぶことをしてほしい。それを少しずつ実行することで自分の心の水は澄んでくる。心がきれいになると今までの自分の心は前向きな心や素直な心、感謝の心に変化し、様々な想像力や行動力が生まれる。そうすると何事うまくいくようになる。
 小さな信念の力が、いずれ大きな成功に変わる。

 日本は世界水泳で日本史上最多9枚のメダルを勝ち取った。北島康介は「サムライ魂、大和魂を見せる」と語った。これから、子ども達の「信念の力」に期待したい。
ニックネーム uzak at 23:38| Comment(1) | TrackBack(0) |